「紙屋克子 看護の心そして技術」


紙屋克子著KTC中央出版2000年1月発行1,400円)

 この本は,紙屋克子(かみやかつこ)さんが,NHKの静かな人気番組「ようこそ先輩」において,故郷の母校(小学校)で行った授業を記録したものである。紙屋さんは,現在,筑波大学大学院医学研究科・社会医学系の教授,専門は看護学。故郷は北海道湧別町,オホーツク海とサロマ湖に面した緑豊かな大地だ。
 授業は,人と人とが結びつく看護という仕事にとって,コミュニケーションが大切だということを子どもたちに伝えるところから始まる。そして,一本のドキュメンタリー番組を教材として使用する。それは,意識障害の患者さんを,医師の行う治療ではなく,看護の力で意識回復させていくという紙屋さんたちの取り組みの記録であった。その番組は,視聴された方も多いと思われるが,「NHKスペシャル〜あなたの声が聴きたい」(1992年6月放送)である。そしてこのあと,子どもたちは「看護技術入門講座」と題した紙屋さんの授業において,人間についての知識を持つこと,その知識を応用して技術として活かすことの大切さを,実技を通して学んでいく。

 ところで,授業前のインタビューの記録において,紙屋さんは語っている。かつて勤めていた病院で,命は取り留めたが植物状態で生き続けているという患者の家族の「こんなの治してもらったことにならない」という悲痛な叫び声から,「医療従事者が考える治療のゴールと,一般の方たちが考える病気が治るというゴールには,大きな隔たりがある」ことに気付いた。そのことから,看護という仕事には,医師の行う診断や治療とは異なって,患者の生活を支援し,生活行動を回復させるという,看護にしかできない,看護固有の課題と領域があると考えた。患者の「生活支援」こそが,看護職の専門性であるという。
 その専門性は,何によって支えられ,深化されていくか。紙屋さんの言葉の中にそれを求めると,@私たちが諦めたら,誰が一体患者を救えるのかという,決して諦めない強い使命感 A優れて実践的な営みである看護の領域においては,目の前の患者が教科書であり,待ったなしの取り組みの積み重ねと,その丹念な反省・検討こそが,専門性を鍛えていくという実践の論理 そして,B自分たちの実践に誇りを持ち,自立した世界を構築するという志の持続 などが読みとれる。
 紙屋さんは,「看護婦に期待することは何ですか?」という質問に「やさしさ」と答える人がいると寂しくなると言う。看護婦に期待されるもの,それは,「プロフェッションとしての感性」つまり,「単なる人間としての豊かな感性」ではなく,「専門職としての研ぎ澄まされた感性」と言う紙屋さんの姿勢は厳しい。
 医師を中心とした医療の補助的な存在として捉えられがちな看護の領域に,独自の専門性の存在を主張する紙屋さんの取り組み。私は,医療や看護については門外漢であるが,人間を相手とする仕事に就いている者の一人として,この専門性への厳しさに学びたいと思い,本書を取り上げた次第である。

人間科学専攻 林 和治