スポーツ中継の裏側
シドニーオリンピック放送から
国際情報専攻 笹田佳宏 著者紹介: 千葉県在住の30代です。このため、大学院では放送のあり方を考えていきたいと思っております。海が好きで、趣味は船の上でぼ〜っとしながらお酒を飲むことです |
20世紀の最後を飾る第27回オリンピック競技大会は、オーストラリア・シドニー市を中心に9月15日から10月1日までの17日間にわたり、28競技300種目が行われた。日本選手ではヤワラちゃんこと田村選手の念願の金メダル獲得や女子マラソンでの高橋選手の金メダルなど女性の活躍が目立った大会であった。世界トップレベルの選手達が技やスピードを競い合う姿は、“テレビ”を通じて我々に届けられ、多くの人々が連日、テレビにくぎづけになったのではないか。
ところでオリンピックの放送が競泳はNHK、柔道はTBS系列、女子マラソンはテレビ朝日系列など全てのチャンネルで行われていたことを思い出していただきたい。例えば、アテネで開催された世界陸上はTBSが独占中継を銘打って放送していたし、○○世界選手権などいった競技大会も特定1局が“独占放送”しているのが普通である。しかし、オリンピックは全局で放送を行っている。これには放送権(放映権)が関わっている。
最近では、2002年開催の日韓ワールドカップサッカー(W杯)の放送権を巡る報道が新聞で頻繁に記事にされるので、多くの人が「放送権」という言葉を知っていると思われる。スポーツ競技大会の放送権とは、その競技を当該地域や国で独占的に放送できる権利のことである。多くのスポーツ競技大会は1つの放送局で放送権を獲得しているが、オリンピックについては、日本では、国民的な関心事であるためジャパン・コンソーシアム(JC)と呼ばれる民放・NHKの共同組織が放送権を獲得している。
少し予断になるがこのJCは、モスクワオリンピック大会の放送権をテレビ朝日が単独で獲得したのがきっかけとなって発足、ロサンゼルス大会から日本での放送権を獲得している(冬季大会は長野から)。
モスクワ大会は、ソ連のアフガニスタンへの軍事介入が発端となって、日米、西ドイツなどの西側諸国のボイコットにより大会規模は大きく縮小されることになった。結果的には西側諸国の不参加によりテレビ朝日のオリンピック放送は成功しなかったが、危機感を抱いたのがNHKだった。モスクワ大会前までは、オリンピックはNHKがほぼ独占中継をおこなってきた。もし、日本を初めとした西側諸国が参加するオリンピック放送を公共放送であるNHKが行わなかったら大きな波紋を起したであろう。こうしたことから、NHK側からの要望もあってロサンゼルス大会から、NHK、民間放送全社が共同で放送権を獲得するJC(当時は、ジャパン・プール〈JP〉といっていた。アトランタ大会からJCと改名)が誕生することとなった。現時点でJCは、2002年のソルトレークシティー冬季大会、2004年のアテネ夏季大会、2006年トリノ冬季大会、2008年の夏季大会(開催地未定、2001年のIOC総会で決定される。大阪、北京、パリなどが候補となっている)までオリンピックの放送権を獲得している。
特定の放送局ではなく、日本の放送局がコンソーシアムを組んで放送権を獲得しているため、競技や日替わりでNHKと民放全局でオリンピック放送を行うシステムとなっている。JCでは、まずNHK、民放がそれぞれ放送できる競技を話し合いで決め、民放ではさらに5系列で割振りを行っている。
では、実際の番組制作過程はどうなっているのだろうか。オリンピック番組が視聴者に届くまでの制作過程は大きく3つに分けることができる。
まずは、競技映像の制作。これは、番組を放送する局が行うのではなく、シドニーオリンピックのホスト放送機関である、SOBO(Sydney Olympic Broadcasting Organization)が制作を行っている。この組織は、各国の放送局や制作プロダクションと契約を結び、競技毎に競技映像の制作を依頼する方式を取っている。日本ではNHKが体操の一部で競技映像を制作した。この競技映像は国際信号(International Signal)と呼ばれ、競技の映像に観客の声援などの自然音声と、選手名や競技タイムなどのグラフィックスが乗ったものである。国際信号の制作は普遍的であることと決められており、1国や1人の選手に偏ってはならないことが規定されている。つまり、何処の国でも放送できる映像でなければならないということである。各競技会場からの国際信号は、放送権を獲得した世界各国の放送機関が取材拠点とするIBC(国際放送センター)に伝送され、ここで各国の放送機関に配信される。
次に、この国際信号をJCが受け取り、日本語のコメントを付ける作業が行われる。JCは初めに述べたようにNHK、民放の共同組織で、シドニー大会では、各放送局から派遣された151名のスタッフからなる混成チーム、JC取材陣がこの作業にあたった。競技会場に設置した通称“コメポジ”(コメンタリーポジション)からアナウンサー、解説者が実況を行い、IBC内に構築したマスターコントロールルームで国際信号とミックスさせる。
オリンピック放送を見ていて「民放の番組なのにNHKのアナウンサーが喋っている。どうしてだろう」などと思われた方も結構いるのではなか。これは、混成チームであるJC取材陣がコメント付け作業を行っているため起きている。このため、国際信号と同様にJCでは日本のどこの放送局でも使用できるようなコメント制作を心掛けている。また、JCではコメント制作のほか、水泳、陸上、柔道、マラソンなどの競技について独自に取材チームを配置し、日本選手の活躍をカメラに収めている。
国際信号にコメント、日本選手を中心にした映像が加えられたものが、JCから実際に中継を担当する局に配信されることになる。
中継映像の基本的な部分については、SOBO、JCが制作するためここから先が中継を担当する放送局の腕の見せ所。NHK、民放局では、IBC内のJCスペースに隣接して趣向を凝らした特設スタジオを建設している。ここにスポーツ選手やアイドルタレントなどゲストを迎え、中継を盛り上げる。また、民放局では、1局あたり80人程度の取材陣をシドニーに派遣。ENGカメラによる競技場周辺の模様や選手へのインタビューなど多彩なアレンジを加えて、番組を視聴者に届けている。
シドニー大会でJCは1億2,250万ドル(1ドル=100としても、120億円を超える)という高額で放送権を獲得し、放送を実施した。夏大会では今後、2004年のアテネ大会で1億5,500万ドル、2008年大会で1億8,000万ドルという放送権料を支払うことになる。オリンピックは、民間活力の利用が話題となったロサンゼルス大会から商業化が問題となった。オリンピックの放送権料も大会を重ねるごとに高騰しており、オリンピックに引きずられるように、他のスポーツの放送権料もここ10年で倍々ゲームの様相を呈している。
民放では、こうした経費をCMで回収することになる。その広告主の商品を購入する消費者が放送権料を最終的に負担しているとみることもできる。NHKでは直接、受信料として負担している。
放送権の高騰を受けて、ヨーロッパではオリンピックやワールドカップサッカーなど世界的なスポーツ大会は地上波の無料放送で放送されなければならないという規制の動きも出てきている。スポーツ中継は、良質なテレビソフトの条件といわれている「同時性」、「ドラマ性」、「意外性」などを持ち合わせている。新しいメディアとして登場してきた有料の衛星放送が普及の手段として何とかして良質のソフトを手に入れようとしたことも、放送権料が異常に高騰する一因と考えられる。制作力がそれほどなくとも、放送権を獲得することで、基本的な競技映像は入手できるため、新規に放送をはじめる事業者にとっては格好のソフトである。
日本では、まだ放送権の高騰について国民的な問題とはなっていないが、2002年日韓共催ワールドカップサッカーでは、CS放送のスカイパーフェクTVが100億円近い金額でCS放送の全64試合の放送権を獲得したと言われているように、同様のことが起こりつつある。国内開催という面から、地上波放送局もオリンピック並の価値とみて、JCとして放送権の獲得に動いているため、地上波放送でも一定程度の試合を見ることは可能とおもわれるが、スポーツ競技大会の放送権の高騰問題は、視聴者にもさまざま面で係わってきている。
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